AS, far as I know ~"私"とは私の識る限りの"世界"のことである。

PDD(ASD)の成人当事者(ヌルいオタク)が、固有の認知や思考について説明を試みるブログ

「全周型ウォーリーをさがせ」と「ローソン概念」~過敏な視覚と過剰な区別について(ブログ感想)

Twitter/お題箱で募集しているワーク*1にお題を頂きました(だいぶ前に)。ありがとうございます。
こちらの記事を読んでみてね、ということでしたので読みながら思い浮かんだことなどつれづれと。
morikanoko.hatenablog.com

「パンフォーカス」という言葉自体がぼんやりとした理解だったので、この機会に少々ぐぐりました。……なるほど、視界のあらゆるものに焦点が合っている状態ですね。
パンフォーカスの画像が自分の見ている世界のイメージと近いか、というと「もう少し検討してみたいけども、もりさんが記事で言わんとしていることはわかる……」という感じでした。

個人的には、どっちかというと「8Kハイビジョン、毛穴まで見えちゃう!」のほうが近いかもしれません。(わぁトレンド)
そういえばインターネットで発達障害者ブログが盛り上がり始めた頃、認知の違いをBMPやJPGに例えた方がいらっしゃったな……などと思い出しつつ*2

以下に、二箇所ほど印象的だったポイントについて特に記しておきます。

 

逃げられないウォーリー探し

一番「これだよこれ!」と共感したのは、「ウォーリーをさがせ」。
そうそう。風景とかが、「風景画」みたいに一枚絵として見えるんじゃなくて、ウォーリーの絵本のように米粒サイズの要素の集合体に見えるんですよね……。その情報量の負担ったらない。
そうですね、常に視界いっぱいウォーリーの絵本のページが開かれているとしたら、相当ウザくはないですか?

「いや、ページを閉じるとか目をそらせばいいじゃん」とお思いかもしれません。確かに、絵本ならそうです。
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でも実際はこうです。
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逃げ場がない!

……「ぼーっとしている」以外にも、「そのへんのものにぶつかる」「ものをなくしやすい」というのも、ある意味これに関係があるかもしれませんね。
 

「世界を信頼しにくい」への補足

もう一つ、さらっと触れられている「世界を信頼しにくい」というフレーズについて。これ、細部に目が行きすぎると違いがわかりすぎるあまり世界(主にその構成員)を信頼できない、ということだと思ったのですが……この部分についてちょっと掘り下げてみましょう。

 
たとえばあなたが子供で、お気に入りのお店があるのですが、子供なのでまだ一人で繁華街に行くことができないとします。……仮にそのお店を、ローソンとしましょう。*3

「ローソンつれてってあげる」。
こう大人に言われて、わくわく支度をして車に乗りました。さて、車が駐車場に乗り入れた先は……、
 
四角い建物に光る看板、白と、水色と、黄緑のロゴ…… ファミマだった!
どうでしょうか。ちょっと「コレジャナイ」感があったのではないでしょうか。
 
また別の日は、想像より大きな建物、大きなカートを押している家族連れ、屋内には二階へと続くエスカレーターにエレベーター…… ニトリだった!!
……いや、どこだよここ*4。と子供でもつい突っ込むのではないでしょうか。

ここでこの二つ、ファミマだった時の困惑と、ニトリだったときのツッコミをよく比べてみてください。
もしかして、「元のイメージとの乖離の大きさによって、不安や困惑が増す」のではないでしょうか。
ここ、覚えておいてくださいね。

 
さて、ではその「元のイメージ」とは何でしょうか。ローソンのイメージ、ローソンらしさと言えば……

  • 看板
  • コーポレートカラー
  • 制服
  • 店構え
  • レジ斜め上にウチカフェの看板
  • からあげクンがあること

この辺りがローソンのイメージ、つまり「ローソンをローソンと認識している要素」、名付けて「ローソン概念」になるでしょうか?
たとえば、レジの横の揚げ物がからあげクンではなく100円ナゲットだったりすれば、「これはローソンはローソンでも100円ローソン」と認識が修正されるはずです。 こういう風に「ローソン概念」は仕事をします。 逆に言えば、その「ローソン概念」にさえ合いそうなら、連れて行って貰った先が駅前のローソンだろうが学校の裏手のローソンだろうが、「ローソンじゃない」とはならないわけです。

 
それでは、自閉症児の場合について考えてみましょう。とは言え、ひとくちに自閉症児と言ってもさまざまなので、私が「児」だったときのことを思い出してみます……。

先ほど判断材料となったのは「ローソン概念」でしたが、ところであれ以外にもお店といったら次のようなものがありますね。

  • 立地
  • 周囲の風景
  • レジの場所
  • よく使う売り場の位置と並び
  • 店内放送
  • その反響、ボリューム
  • におい
  • 店員の顔ぶれ*5
  • 品物をレジに持って行ってから、精算が終わるまでの流れ

……とまあ、きりがありませんが、では自閉症児だった私が「ローソン」を他のお店や場所と見分けるために使っていたポイントはどのあたりでしょうか?

これら全部です。

……さて、駅前のローソンと学校裏のローソンで、これらがまったく同じものはどれでしょうか……、
いや、もはや「あるでしょうか?」と聞かなければならないレベルではないでしょうか……。

 
おわかりですね。つまり店舗の違うローソンは、「ローソン概念」をインストールして使いこなすことができていない子供にとっては、別物なのです。

いくら「レジの横にあるのがファミチキでもナナチキでもないからローソンだよ!」と言っても、判断の材料にはなりません。
ゆえに、「違う」と思い、思ったらショックを受ける。怒ったりもする。
そして、常にウォーリー状態で余裕がないため、パニックに突入もします。

 
多分「なんでだよ、同じローソンじゃん!」と周囲は困惑し、苛立ちもするでしょう。でも、想像してみてください……。

ローソンだよ、と連れてこられたお店が何か赤い。制服も違う。
レジは左右、フロアの短辺ではなく入り口から見て正面にある。その手前に棚でなくワゴンやテーブルのような陳列台があり、そしてようしゃない北海道フェアがいつ行っても開催されている。
カップホルダーに入るサイズなのでカップ麺という商品です」というそれなんか意味違うだろな冷蔵商品があり、なんか陽気そうな犬のマークも掲げられている。

これを「なんでだよローソンでしょ!」と言われたら……結構アレじゃないでしょうか?
「ローソン概念」がない子供にとっての「別店舗のローソン」は、実際このぐらいの異世界なのです。
先ほど覚えておいてください、とお願いしたとおり、「ローソンに行きたかったのに」と発生する不安や困惑、不信や不満は「ローソンだと期待していたものから、目の前のお店がかけ離れていればいるほど」増すものです。
そして目の前のお店は、自分がローソンだと思う特徴からは、見れば見るほどかけ離れていて絶対にローソンだとは思えない。

なのに毎日のように、あらゆる大人から、そして一番顔を合わせている、お母さんお父さんからも「ローソンでしょ!」と言われ続けたとしたら?
その人たちの言葉を、信じられますか?

世界を信頼しにくいとは、そういう──いわば、喜劇的な──悲劇だと思っています。

 
 
 
*6

*1:詳細はまた改めて、もしくはお題箱で

*2:あのたとえ、もうブロードバンド世界のJPGが高画質すぎて使えないですね……

*3:この前セブンイレブンを話題にしたから……

*4:ニトリだけど

*5:具体的には、性別、体格、着こなし、動き方、声の出し方

*6:そしてこの手の訴えは、解ってもらえないのみならず、医師にすら「考えすぎでしょう」と言われながらカルテに「統合失調症」って書かれることあるんだよな、経験ある……